追い込み期間3
2010年 12月 06日
こんにちは.
パリ東大学の林です.
いよいよ今週で最後の一週間となりました.
長かったような,あっという間だったような,不思議な感覚です.
研究の進捗
やっと先週で研究に一区切りがつき,現在は10日後に迫った投稿締切日に間に合うよう,論文執筆中です.
先週までの課題は,3次元モデル検索の際,入力3次元モデルのスケールがデータベースの3次元モデルと異なる場合に検索精度が落ちるというものでした.
それに対して,今回は簡易的なスケールの正規化を入力3次元モデルに対して行うことにしました(詳細は省略します).
今の手法は,スケール変化に対して強いというわけでもないのですが,スケールの差が大きくない場合は精度良く検索できるため,簡易的な正規化で十分ではないかという考えです.
また,論文執筆と並行して,手法の性能を確かめるために実験を重ねています.
結果を見てみると,一部の3次元モデルを除いては確かに高い精度で検索できていると思います.
後はこの考えを理論だてて論文という形にしてアウトプットし,今後さらに手法を改良して行きたいと思っています.
論文を書き上げるというのは,まだまだ自分にとっては簡単な作業ではなく,研究と違った苦労があります.
実は先月末にも,他の研究を日本の論文誌に投稿したのですが,やはり論文の構成には大変苦労しました.
しかも今回は英語での執筆となるため,論文の構成などに加えて言葉の問題も大きく,なかなか思うような文章を書くのは大変です.
しかし,自分たちの考えを文字という形にして他人に向けて発表するという作業は,個人的には好きで,やりがいを感じられるものでもあります.
また,論文を書くことによって自分の研究の強みや問題点を改めて振り返るという意味でも,非常に有意義であると思うので,楽しみながら分り易い論文に仕上げたいと思います.
こちらでの研究生活を振り返って
今回のエントリーに加え,最後にもう一度投稿するとは思いますが,丁度良い機会なのでこちらでの研究生活を振り返りたいと思います.
基本的に,場所や環境が変わっても,研究自体には大きな変化はないと思います.
私の場合は,毎朝研究室に行き,その都度研究における小さな目標を設定し,それを1つ1つ達成し,最終的にその研究を完遂するという流れです.
しかし,異なる環境での研究生活ならではの感覚や感想も持ちました.
1つの例としては,研究に対するハードルの違いです.
こちらのPhD.の学生は,優秀な方が多く,修士の学生に対して講義を行っています.
私と共同で研究しているPhD.の学生も,自分の研究に対して誇りを持っており,自信に満ち溢れています.
個人的には,それには,限られた優秀な学生しかPhD.に進まないという状況が大きく関わっていると思います.
日本でいうと修士にあたる情報系の学生と何度かお話する機会があったのですが,彼らは修士をでた後は研究をせずに就職すると言っていました.
研究はしないのですかと尋ねたところ,自分には研究なんてできないよというような返答が返ってきました.
日本と違い,海外の修士の学生は研究ではなく,基本的に授業やプログラミングの実習をしていて,研究はPhD.になってからだということは有名な話だと思います.
それは,優秀な学生でないと研究を行っていくのは難しいという感覚も生んでいると思いますし,研究に対するハードルが彼らの中では日本よりは高いのではないかという気がしました.
現在,日本人の博士が多すぎるというニュースも耳にします.
それによって低い質の研究が増えてしまうような状況にあるならば,限られた人材(研究者)が研究を行うという日本以外のやり方もあるかもしれません.
こんな生意気なことを言っておきながら,一方で,研究を通してスキルが身につくという感覚も私の中にはあります.
よって,なおさら,修士の段階から研究をさせてもらっているという自分の恵まれた環境を活かし,良い研究をしていきたいと思いました.
また,日本と違う点として,こちらの研究室では,フランス人だけでなく,様々な国の人が研究しています.
それはもちろんフランス内の移民の多さにも依るとは思いますが,やはり国が違えば考え方もかなり異なってくるので,自分が気にしていた部分を相談したら,そんなことを気にすることではないと一蹴されたりして,考えの幅が広がった気がします.
確かに,日本の大学でも留学生は何人もいますし,そこでは国際的な感覚も持てると思います.
しかし,彼らは日本に進んで来ているため,日本に対して負の感情はそこまでありませんし,ある程度日本化されていると思います.
なので,実際に彼らの場所に飛び込んで話をしたり議論をしたりというのは,今までにない感覚が身につくという意味で大変勉強になりました.
これからは,この経験を活かし,自分の固定観念に捉われない感覚を大事にしていきたいと思います.
研究室のPhD.の学生の家に呼ばれ,よく名前がわからないフランスの家庭料理を頂きました.
彼には,家が近いこともあるのですが,家族の方も含めてかなりお世話になりました.
彼の写真をもっていないことに気づいたので,今度一緒に撮りたいと思います.
パリ東大学の林です.
いよいよ今週で最後の一週間となりました.
長かったような,あっという間だったような,不思議な感覚です.
研究の進捗
やっと先週で研究に一区切りがつき,現在は10日後に迫った投稿締切日に間に合うよう,論文執筆中です.
先週までの課題は,3次元モデル検索の際,入力3次元モデルのスケールがデータベースの3次元モデルと異なる場合に検索精度が落ちるというものでした.
それに対して,今回は簡易的なスケールの正規化を入力3次元モデルに対して行うことにしました(詳細は省略します).
今の手法は,スケール変化に対して強いというわけでもないのですが,スケールの差が大きくない場合は精度良く検索できるため,簡易的な正規化で十分ではないかという考えです.
また,論文執筆と並行して,手法の性能を確かめるために実験を重ねています.
結果を見てみると,一部の3次元モデルを除いては確かに高い精度で検索できていると思います.
後はこの考えを理論だてて論文という形にしてアウトプットし,今後さらに手法を改良して行きたいと思っています.
論文を書き上げるというのは,まだまだ自分にとっては簡単な作業ではなく,研究と違った苦労があります.
実は先月末にも,他の研究を日本の論文誌に投稿したのですが,やはり論文の構成には大変苦労しました.
しかも今回は英語での執筆となるため,論文の構成などに加えて言葉の問題も大きく,なかなか思うような文章を書くのは大変です.
しかし,自分たちの考えを文字という形にして他人に向けて発表するという作業は,個人的には好きで,やりがいを感じられるものでもあります.
また,論文を書くことによって自分の研究の強みや問題点を改めて振り返るという意味でも,非常に有意義であると思うので,楽しみながら分り易い論文に仕上げたいと思います.
こちらでの研究生活を振り返って
今回のエントリーに加え,最後にもう一度投稿するとは思いますが,丁度良い機会なのでこちらでの研究生活を振り返りたいと思います.
基本的に,場所や環境が変わっても,研究自体には大きな変化はないと思います.
私の場合は,毎朝研究室に行き,その都度研究における小さな目標を設定し,それを1つ1つ達成し,最終的にその研究を完遂するという流れです.
しかし,異なる環境での研究生活ならではの感覚や感想も持ちました.
1つの例としては,研究に対するハードルの違いです.
こちらのPhD.の学生は,優秀な方が多く,修士の学生に対して講義を行っています.
私と共同で研究しているPhD.の学生も,自分の研究に対して誇りを持っており,自信に満ち溢れています.
個人的には,それには,限られた優秀な学生しかPhD.に進まないという状況が大きく関わっていると思います.
日本でいうと修士にあたる情報系の学生と何度かお話する機会があったのですが,彼らは修士をでた後は研究をせずに就職すると言っていました.
研究はしないのですかと尋ねたところ,自分には研究なんてできないよというような返答が返ってきました.
日本と違い,海外の修士の学生は研究ではなく,基本的に授業やプログラミングの実習をしていて,研究はPhD.になってからだということは有名な話だと思います.
それは,優秀な学生でないと研究を行っていくのは難しいという感覚も生んでいると思いますし,研究に対するハードルが彼らの中では日本よりは高いのではないかという気がしました.
現在,日本人の博士が多すぎるというニュースも耳にします.
それによって低い質の研究が増えてしまうような状況にあるならば,限られた人材(研究者)が研究を行うという日本以外のやり方もあるかもしれません.
こんな生意気なことを言っておきながら,一方で,研究を通してスキルが身につくという感覚も私の中にはあります.
よって,なおさら,修士の段階から研究をさせてもらっているという自分の恵まれた環境を活かし,良い研究をしていきたいと思いました.
また,日本と違う点として,こちらの研究室では,フランス人だけでなく,様々な国の人が研究しています.
それはもちろんフランス内の移民の多さにも依るとは思いますが,やはり国が違えば考え方もかなり異なってくるので,自分が気にしていた部分を相談したら,そんなことを気にすることではないと一蹴されたりして,考えの幅が広がった気がします.
確かに,日本の大学でも留学生は何人もいますし,そこでは国際的な感覚も持てると思います.
しかし,彼らは日本に進んで来ているため,日本に対して負の感情はそこまでありませんし,ある程度日本化されていると思います.
なので,実際に彼らの場所に飛び込んで話をしたり議論をしたりというのは,今までにない感覚が身につくという意味で大変勉強になりました.
これからは,この経験を活かし,自分の固定観念に捉われない感覚を大事にしていきたいと思います.
研究室のPhD.の学生の家に呼ばれ,よく名前がわからないフランスの家庭料理を頂きました.
彼には,家が近いこともあるのですが,家族の方も含めてかなりお世話になりました.
彼の写真をもっていないことに気づいたので,今度一緒に撮りたいと思います.
by keio-itp
| 2010-12-06 01:15
| 2010年パリ東大学・林