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慶應義塾ITP派遣生からの現地報告書です


by keio-itp

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どうも、三宅です。二か月の永きに渡ったボストン滞在も残すところおよそ二週間、あらためて思い起こせば、あんなことやこんなこと…、日本においてはなかなか体験出来そうにないことを沢山経験することが出来、様々な意味において充実した日々でした。とまだ二週間もあるので、ボストン滞在の総括をするにはまだちょっと早そうですね。

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休日だというのに閑散としています。

ホストの教授との週一回のミーティングでは論文の輪読は一先ず終了し、論文のテーマの沿った研究を試みることになりました。研究のテーマはplanar rooted treeのホップ代数の構造を応用して一般のグラフにホップ代数の構造を組み込もうというものです。私は隣接行列からなる隣接多項式環(代数)を隣接行列の集合からなる多元環に拡張することを考えてそれに余代数構造を組み込むことを提案したのですが、まずは教授が以前この問題について考えた際、考えてみた余積が実際に余積の条件を満たしているかどうかを調べてみなさいということで、とりあえずその方向で研究を進めていくことになりました。余単位元と余逆元はと尋ねるとそこまで考えていなかったということで、そこは私がこれから考えてみようと思います。

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MITです。 工事中ですが…

上記の意味不明な研究内容を高校生にも分かるように説明を試みてみましょう。2次の正方行列には掛け算が定義出来て、積の単位元として単位行列が存在し、またある条件を満たせば逆行列が存在します。このことを上記の記述に対応させてみると次のようになります。
2次の正方行列→グラフ
行列の掛け算→余積
単位行列→余単位元
逆行列→余逆元
すなわちグラフという数学的対象物に対して、行列の掛け算や単位行列、逆行列に対応しているものを定義してみようという訳です。行列の持つ豊穣な性質は上記の掛け算や単位行列、逆行列があってこそ分かることが沢山あるわけなのですが、同様のことがグラフについても言える筈であるという勝手な思い込みに基づいて、まずはやってみようという訳なのです。結果的に大して面白くないことしか分からないかもしれませんが、科学の研究の成果というものは99%の大して面白くもないことと1%の面白いことからなり立っているので、これはどっちに転んでもまあ仕方のないことなのです。

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フェンウェイパークにて。今期最後の試合はフェンウェイで盛り上がりました。

現在ボストンは予想外にかなり寒いのですが、私は日本の秋用の服装しか持ってこなかったので、冬用の服装を買いに電車でちょっと買い物にでかけてきました。今回ボストンに住み始めて初めて電車に乗りました。ボストンでは郊外はチンチン電車式に電車が街中を走るのですが、中心に向かうと電車は地中に潜り、地下鉄と化します。私が乗る車両はボストン大学のフェンウェイ球場に近い所で地下に潜ります。潜る瞬間を始めて間近にした時はかなり驚きました(当初は電車が地下に潜ることを知らなかったので、突然電車が消えたように見えたのです)。こちらでは電車に乗るのに切符ではなく、Suicaみたいなカードを購入して乗ります。日本と同じでちょっと安心しました。余り遠くまで行くのは不安が無きにしもあらずだったので、臆病な私は二駅目のコプレイ駅で下車しました。駅から降りて右も左も分からぬままに右往左往していると本屋があったので入ってみました。サイエンスフィクションの棚はありましたが、サイエンスはなし。何か面白い本はないだろうかとウロウロしていたら漫画の棚をみつけました。漫画、すなわち日本の漫画の英訳版です。ドラゴンボールだのナルトだの見知った名前がチラホラと。でもこち亀はありませんでした。こち亀の世界観はアメリカ人にはちょっと難しいのかもしれません。何も買わずに書店を出て、駅を見失わないように恐る恐る大通りに沿って歩いていきました。すると高すぎず安すぎず丁度手頃なものが手に入りそうなお店が目に留まりました。早速入店。二時間ほど財布の中身と相談しながら試着を続けてようやくコートを一着とブーツに近い頑丈そうな靴を購入しました。コートも靴もサイズに悩む必要はありませんでした。とにかく一番小さいサイズ、要はこれだけです。パンツなんて一見ゴリラ用かと見まがうばかりのデカパンが所狭しと置いてあります。一体こんなもの誰が履くのかと不思議な想いにとらわれました。

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コプリー駅前にて

お店を出ると既に傾き始めた太陽が幾分かの距離をおいてそびえ立つ高層ビルとその周りを囲むように濫立する歴史を感じさせる建築物の狭間を紅く染め始めていました。私は冷え冷えとした風に背を向けてこころなし歩を早めながらコプレイ駅の下り方面のホームへと帰っていきました。それではまた。

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洋服店の側に何とも威厳のある像がありました。
by keio-itp | 2009-10-29 08:10 | 2009年ボストン大学・三宅

コアラが…

こんにちは。
なんと今私がお邪魔しているお家の庭にコアラが来ました!
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一ヵ月に一度くらいくるそうです。さすがオーストラリアって感じですね!


今週は、一緒に研究している方々が他の研究所へ行っていたため、ミーティングはなく、自分の研究を進めていました。他の人に自分の研究を聞いてもらい話し合うことは、とても大切で意味のあることだとは思うのですが、私の場合「早く結果をまとめないと」と急いでやってしまい、自分でじっくり考える時間が少なくなりがちなので、この一週間はそういう意味では時間に気を取られることなく、いろいろと頭の中を整理できてよかったかなと思います。11月に入ったら、みなさん揃うそうなので、そのときにしっかり説明できるよう、研究もすすめ、準備をしていくつもりです!


ここで少し研究の状況を紹介したいと思います。私はトロール漁の影響を調べるために行われた調査のデータを解析していて、海底生物の個体重量がガンマ分布に従い、それをもとに種の区別やトロール漁の影響を見ることができるという結果を日本である程度まとめていたので、それをもとにこちらの研究者の方と議論する予定でした。しかし実際自分のとった方法を説明したところ、データに対しての認識が少しちがったため、その部分だけ修正し、改めて解析をし直しました。なので、あとはその結果について話し合う予定です。

このように、このデータの解析についてはまとめの段階に入っているのですが、この解析の際に用いた方法(ガンマ分布にあてはめる際のパラメータの推定方法)についてもいい研究テーマになりそうということで、そこも並行して進めようとしています。加えて、このガンマ分布を個体重量分布にあてはめたモデルが、他のデータにも使えるのではないか、という提案をしていただいたので、その解析もはじめるかもしれません。このように、いろいろと研究が広がってきたので、どんどんチャレンジしていきたいと思います!


週末にはお買い物へ行きました!
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これは電車で1時間ほどのCity(Brisbaneの中心地)です。まだお店がよく分からないので、なかなか欲しいものが見つかりませんが、いろいろ探検していくつもりです!
by keio-itp | 2009-10-25 17:16 | 2009年CSIRO・仲

初冬

 ボストンの大気を滑らかに漂う風はあたかも氷雹のような香りを漂わしながら街々に冷たい痕跡を残していきます。車の走行音が静かに残響する通りを行きかう人々は皆身に付けている服を精いっぱい深々と被り、冷たさの波間を抜けるように足早に歩みを進めています。

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滞在先付近にて

 昼もなく夜もなく数学を考えているので、若干の疲労感を背負いながら一日を過ごしています。ボストンに一カ月以上いるのに観光を一度もしていないと人に言うと大抵の場合、若干の驚きと含み笑いをもって迎えられます。そんな日々の中、形容し難い心身の疲れを覚えた際には大学の中央部に位置する教会のほとりのベンチに腰をかけ、しばし時の流れに身を任せて茫漠とした世界に心を委ねています。そうしていると疲れた心身が洗われていくような気がして、よしまた頑張るかという気持ちにさせてくれます。ボストンで残された時間はもう余りありませんが、精いっぱい頑張ろうと思います。

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滞在先近くの公園にて

 疲労がピークに達しているのか先日かなり発熱してしまい、宿のオーナーのおばさんの紹介でMGH(Massachusetts General Hospital)に行ってきました。しかしお陰様でそれ程大きな問題にはならず、翌々日からは元通り猛勉?生活に戻っています。

 実はこちらに来て数日後に銀歯が取れてしまったのですが、つい先頃、今度は反対側の銀歯も取れてしまいました。私が日本でかかっている歯科医の先生は人柄は良いのですが、腕の方はどうやらさっぱりで銀歯を入れても殆ど一年もたずに取れてしまいます。何にせよ両側の歯が欠けていて食べ物を食するのにも支障が生じている状態なので、仮埋めだけでもしてもらおうと、こちらの歯医者に行ってきました。近所にあるボストン大学デンタルクリニック(要するにボストン大学歯学部の付属歯科医院のこと)という所です。医院のホームページ上に掲載してある『学生がケアするので普通の歯科よりも”安価”』という売り文句につられました。電話で予約をして行くとすぐには診てもらえないだろうと思ったので、アポイントなしでいきなり行って
「Hi! A little while ago, suddenly my both-sided filling fell out. I can Not eat. So I need a first-aid care!」
と血相変えて言ったら急患扱いですぐに診てもらえました。ボストンの人って本当に優しいですね。しかし患者登録を済ませて、レントゲンを撮ったところでクラウンというものを入れるのに何度か通院する必要があり、治療完了が私の帰国予定日に間に合わないということが発覚したので、残念無念、治療は日本に持ち越されることになりました。米国には仮埋めとか銀歯とかいう概念は余りないようです。またこちらでは銀歯は体に害があるという考えが浸透していて使わないようになっているようです。
「もしクラウンを入れるのなら総額幾らくらいかかりますかね?」
と尋ねたところ、十三万円ということでした。それも片方だけで。片方は取れた銀歯が残してあったので
「自分で付けるので歯用の接着剤をくれませんか?」
と頼んで…はいませんよ、もちろん。

 私は英会話は殆ど出来ないのですが、余り気にせずどこでも気楽に行っています。どうにかなるだろうと思って行ってみたら確かにどうにかなるんですよね、実に不思議なものです。コミュニケーションが上手く運ばない時も何故か困っているのは英語がしゃべれない私ではなくて英語がしゃべれる相手の方なんですよね。これもまた実に不思議なことです。

 先日、日本にいた時に投稿していた論文のレフェリーコメントが届きました。レフェリーの評価はそれほど悪くはなかったのですが、要修正箇所を十か所程指摘されました。レフェリーコメントをもってこちらの先生に会いにいきましたところ
「直し終わったら持ってらっしゃい、英語の用法など間違っていないかチェックしてあげるから」
とのこと。直した後、自身でも何度か読み直して、早速、先生の元へ持参いたしました。がやはり英語の用法で何か所かチェックが入りました。先生曰く
「君の論文の英語は95%ですね、でも英語は残りの5%が難しい。これは英語を母国語とする人でないとなかなか埋まらない溝なのです」
とのこと。亜米利加人に生まれていればな、とこんな時頓に思います。

 数学の勉強の方はBirkhoff decompositionやrooted non-planar treesのHopf algebra structureの勉強をしています。後者の方は数理物理学のクラスの宿題をやる過程で明快に理解出来たと思ったので、一つの問題として一般のgraphsに対してHopf algebra structureを構成することを考えてみようかなと思っています。ただこれは先生によると「かなり難しい」とのこと。spanning treeを使って余積を定義できるかもしれないというヒントを頂きました。またrooted treeの代数構造を少し詳しく研究してみるのもありかなと思っています。次はFeynman graphsのHopf algebra stuructureを勉強し、renormalization groupに進んでいくんですが、物理的な動機、意味がさっぱり分からず苦心しています。ここに至って量子場の理論を学ぶ必要性を強く感じています。誰か良い本(分かり易い本)教えてください。

 米国はもうすぐハロウィンなのでスーパーなどに行くと様々な変装グッズが売られています。近所のCVS Pharmacyにチャーミングなお面が売られていたのでつい購入してしまいました。お面を購入する際、レジで店員が吹き出しそうになってたのですが何故なんですかね。それではまた。
by keio-itp | 2009-10-21 13:18 | 2009年ボストン大学・三宅

私の一週間。

こんにちは。こっちでの生活にそろそろ慣れてきました!
私の一週間というのは、月曜日から金曜日は9時から17時すぎくらいまで研究所にいて、土日はお出かけしたり、お家でゆっくり過ごすという感じです。研究所にいる間は、ほとんどの時間は自由なので自分の研究を進め、一週間に一度meetingを開いてもらって共同研究者の方と相談したり、他の研究者の方のセミナーを聞きに行ったりしています。
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これが私の使っている部屋です。手前が私、奥にはいろいろと面倒をみてくださっているCSIROの研究者の方です。私の研究はほとんどPCを使っての作業なので、日本での院生生活とほとんど変わらないです。ただ、みなさん週末はしっかりエンジョイするという雰囲気なので、私もそんな感じで過ごしています!


今週も木曜日にmeetingを開いてもらい、先週いただいたアドバイスをもとに、自分が進めた研究について説明しました。しかし今回は、研究の方向性というか、研究内容について、みなさんがたくさん考えてくださり、いろいろと話が膨らんだのですが、逆にじゃあ私はどうすればいいんでしょう??という風になってしまいました…。けれども、共同研究者の方が私の代わりに研究室の先生にその話の内容を伝えてくださったり、先生からもいろいろとアドバイスをいただいたりと、ほんとにたくさんサポートしてもらったので、何とか方向性をはっきりして進められそうです!


土曜日には、研究所から歩いて5分くらいのところからフェリーに乗って、North Stradbroke Islandへ行ってきました!ほんとにきれいなところで、しかも日本と違って人もほとんどいません!
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もう早くも二週間経ちましたが、話を聞きとるのが難しいなぁと感じています。特にオーストラリアのネイティブの方が普通に話していると・・・。meetingのときなどは、一緒に研究している方の中にイギリス出身の方がいるので、その方の発音とか話し方が分かりやすくて、つい頼りにしてしまっています。あと英語を母国語としていない人の英語も、私にとってはわかりやすくて安心します!金曜日に、フランス出身の方と二人でお昼を食べたのですが、ゆっくり話せるのでほっとしました。普通の速さの会話を理解するためには、きっとたくさん聞いて慣れることが一番だと思うので、あきらめずにがんばりたいです!
by keio-itp | 2009-10-18 20:32 | 2009年CSIRO・仲

MIT

どうも三宅です。ボストンに着いた頃はまだまだ蒸し暑く、日本の残暑の大気をそのままボストンに運び入れたかの様な日々が続いていたのですが、ここ最近になり、ようやくボストンの冬の到来を予感させる空気の冷たさを頬や耳におぼえるようになってきました。しかしボストン在住の諸君には既に寒さには幾分かの耐性があるようで、私がブルブル震えながら首をすぼめて歩くさなか、Tシャツとジーパンといったいでたちで颯爽と私を追い越していく姿が実に何と言いますか、私を情けなく引き立たせてくれます。

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そんなことを思っている内にボストンに来て早くも一か月が経ってしまいました。あと残り一か月、新たな成果とまでいかないまでも研究の目途くらいはつけて帰りたいと日々精進しております。

さて先々週の金曜日にはMITの無限次元代数のセミナーを聴きに行ってきました。大学院生のセミナーが終わった後でまだ幾分時間があったので、昼食を食べてから行こうと思い、MITへの道中をブラブラ散策しながら歩いていると、日本料理店の看板が目に飛び込んできました。御店のお品書きを見てみると、お寿司を中心にラーメン、うどん、天ぷらと様々な種類のものがあります。こちらに来てからこういったものを食べる機会は全くと言って良い程なかった(学食に売っているアボガド巻はボストン大学に行った初日に食べてみましたが、どうも口に合わなかったので、それきり食べていません。長年日本に住んでいるとどうも味が肥えてしまうのでいけませんね)ので、早速入ってみることにしました。

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日本料理店の近くにあった教会です。古風で良いですね。

御店に一歩入ると内装は至極日本的で、壁に備え付けられているTVから微かに漏れ聞こえる2016年のオリンピック開催都市がリオデジャネイロに決ったことを伝えるCNNの速報がいささか場違いな空気を一帯に醸し出していました。御店の客層は東洋人らしき人達もいましたが、おおよそは西洋人です。米国では日本のヘルシーな食事がちょっとしたブームになっているようなので、この御店もご多分に洩れずなかなかの繁盛ぶりです。私は店員に勧められるままにカウンターに座りました。そこで改めて店員を見回すと東洋人ではあるのですが、どうやら日本人ではないようで、皆互いに英語でしゃべっていました。恐らく日本人が経営している本店がどこかにあってここはその支店なのでしょう。日本人でなければこの様な御店は出せない、そう断言出来るほど、日本の柔らかな空気が漂っている御店のたたずまいです。当初、私はお鮨でも握ってもらおうかと思っていたのですが、生ものはお腹を壊しかねないことをふと思い出し、手頃なところで天ぷら弁当とソーダ水というものを頼んでみました。私はソーダ水はてっきり甘い炭酸飲料と思って頼んだのですが、来たものを飲んでみたら何の変哲もない只の炭酸水でした。水にすれば良かった…と少し後悔です。続いてお味噌汁が出てきました。こちらではお味噌汁をそのまま御椀からズズズーッと啜って飲むのではなく、スプーンで少しづつ上品に流し込む感じに飲むようです。豪に入っては豪に従え。私も西洋の紳士を見習って上品に飲むことにしました。味はまあ味噌汁の味でした。そしていよいよメインデッシュの天ぷら弁当がやってきました。大きな重箱にぎっしりと料理が入っています。料理は日本料理でも量はアメリカン、眺めただけでお腹一杯になりました。それでも七、八割は平らげ、今後の為に御店のパンフレットをもらって目的地であるMITに出発です。

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ハーバードブリッジを渡ればもうそこはMITです。

マサチューセッツ通りに入ると、急にランニングをしている人達が目立ってくるようになります。誰も望んでいないのに短パン一丁で汗をほとばしらせつつ、頬の辺りに「皆見ろよ、俺の筋肉、見ろよ、このボウボウの胸毛」と言わんばかりに不気味な笑顔を漂わせながら走る筋肉ムキムキの男。男たちの視線を釘付けにしてやまないだろう、短パンとTシャツで金髪を風になびかせながら颯爽と走る美しい女性、橋を渡りながら見える空は日本で見るものと変わらないのに視線を下げるとそこにあるのはアメリカそのものです。
「この地平線の彼方には日本があるんだな(多分ない)」
と思いつつ、遠き故郷を思いてしばし地平線上に見えるぼんやりとした光の筋を眺めていました。

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チャールズ川の向こうに見えるボストンの市街地。まだ一度も行ってません…。

ハーバードブリッジを渡り終わり、メモリアルロードを少し歩くと数学科の校舎に辿り着きます。校舎までの道のりはグーグルマップが非常に役に立ちました。ボストンに来てからというもの、どこに行くにも道筋の確認には全くと言って良いほどグーグルマップに任せっきりです。

セミナーが始まるまではまだ少し時間があったので、校舎の中をちょっと散策してみようと歩きだしたのがまずかった。知らぬ間に既にそこは数学科の校舎ではなく、物性とか電気の実験室がある建物に入っていました。どうやらMITは冬の厳寒対策として校舎間を外に出ずに移動出来る仕組みになっているようです。これにはちょっと油断しました。こないだ迷子になって気を付けようと思った矢先にまたも迷子になってしまったのですから。それでも道を尋ねるのも少し恥ずかしい気がしたので、中をうろうろしていたらなんとか元の場所に戻ることが出来ました。それからはセミナーの開始時刻まで近くのベンチに座ってじっと待っていることにしました。頻繁に行きかう学生達に漂う雰囲気は日本の学生のものと変わりません。学問に国境なんてこれっぽっちもないんだなと思うと初めての場所で幾分高まる気持ちを静めてくれます。

しかしボストン大学の数学科においてもそうなんですが、工科大学でもあるMITにおいても学生の中で女性の占める割合が非常に多い気がしました。数学科の校舎を行きかう人達、また授業の様子などを拝見していると、頓にそう思わされます。これは日本の一般的(共学)な数学科とは大いに異にするところだと思われます。これは日本と米国の女性の数学科に進学することに対する意識の違いなのか、それとも何か別な理由があるのか分かりませんが、このことは米国に来てみて驚かされたことの一つです。

さてセミナーが近づくと、恐らくアティヤーと思われる鋭いオーラを発散した人、そしてまた恐らくカッツと思われる弟子の様な人と一緒に現れた温和そうな人などが少しずつ教室に入ってきました。私?私は邪魔にならないように隅っこの方にチョコンと座っていました。

ボストン大学のセミナーは大抵一時間なんですが、MITのこのセミナーは二時間あります。しかしそれをぶっ続けでやったのでは話す方も聴く方も集中力がもたないということで、だいたい一時間くらい経つとカッツと思しき人が
「あっ、もうこんな時間ですね。お茶(コーヒー)にしましょう」
と言って殆どの人はパーッと部屋から出ていきます。大学院の若者やアティヤと思しき人は知り合いと黒板で討論を続けていたので、部外者の私も部屋に残ってしばらく数学の熟考を、いや、ぼんやり窓の外を眺めてました。
「今は日本は真夜中なんだよなあ」
と思うとほんと不思議な気がします。
「今から半世紀程前にはここにリチャード・ファインマンが通ってたんだよなあ(ファインマンは大学では数学を専攻していたので)」
と思うと、ちょっぴり観光地にでも来たような気分になり、
「この黒板にファインマンが数式を書いたかもしれない」
と思うと、思わず黒板に頬ずりしたくなりました。
そんないたいけなことを思っている間にカック(と思しき)達が教室に戻ってきました。
そして講義も終わり、さあ帰ろうかと校舎を出るともうそこはどこか分からない場所で…。とにかくメモリアルロードの方角を目指して一直線。なんとか辿り着くことが出来ました。
個人的な感想と致しましては、MIT、嗚呼、MITと皆が言うほど特別な大学には思えませんでした。でもここに常時、ノーベル賞受賞者が何人も教鞭をとっていると思うと、何だか普通の何気ない校舎も鋭い才気を発しているような気がしてくるから不思議なものです。
それではまた。

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MITの数学校舎の庭にリスがいました。あいにくとお尻を向けられてしまいましたが。
by keio-itp | 2009-10-15 01:28 | 2009年ボストン大学・三宅

Clevelandへきて…

こんにちは。月曜日からCSIROの研究所に通い始めました。CSIROはオーストラリアの各地に研究所を持っているのですが、私はその中のMarine Research LaboratoriesというClevelandにある研究所に行きます。
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Clevelandは、BrisbaneとGold Coastの間にある、海の近くの町です。お店がたくさんあるような場所ではないのですが、きれいで素敵なところなので、とてもうれしく思っています。

研究所から歩いて5分もしないで海があります!
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初めのうちは施設をいろいろと案内してもらいました。木曜日には、共同研究している方たちに自分が研究室で進めていた研究内容について説明しました。説明するといってもミーティングなので、3人の研究者の方と小さな部屋で座っての説明で、みなさん優しく見守っていてくださったので、そんなには緊張しないで済みました。いくつか質問や提案をしてくださり、また来週ミーティングを開いてくださるそうなので、それまでに自分の研究室の先生ともメールでやりとりをしながら、研究を進めていくつもりです。

金曜日にはセミナーに参加しました。”A Clipped Latent-Variable Model for Spatially Correlated Original Data”というタイトルだったのですが、私の英語力のなさと、内容の難しさ、どちらが大きな原因か分からないのですが、よく分からなかったです・・・この機会に、英語での研究発表のプレゼンテーションを聞いて、自分にとってあまりよく勉強していない内容でも、どんなことを話していたかは理解できるようになりたいと思います!
by keio-itp | 2009-10-11 14:54 | 2009年CSIRO・仲
 どうも三宅です。日本恋しさに毎晩、遠藤周作氏の本を読みながら枕に顔を埋めております(笑)。その遠藤氏の本ですが「作家の日記」という題で氏が若かりし頃、戦後最初の留学生としてフランスに渡った日々の生活のことが詳細に書かれています。日本人など何処を見回してもいない外国の孤独な日々の中で激烈なる勉学の日々、熱き青春の胎動、そして迫りくる病魔との闘い…。書を紐解く度に励まされています。私もこちらに来てからというもの、昼も夜もなく、ひたすら勉強・研究に励んでおります。留学には学究活動に対するある種のカンフル剤的な役割があるなと思う今日この頃です。

 それはそれとして私はボストンでお世話になっている住居について一度も言及していませんでした。という訳で簡単に説明したいと思います。私の住んでいる所はボストン大学の近隣と言いますか、ほぼボストン大学の中と言って構わない場所にあります。数学科の建物までは徒歩10分といったところでしょうか。ホテルとか寮と言ったものではなく、日本人のおばさんが経営しているB&Bです。B&Bというのは何の略なのか始めは分からなかったのですが、ベッド(Bed)と朝食(Breakfast)が付いてるよということらしいです。ここの朝食はおばさんの手作りで和食と洋食が交互に出されます。御米は基本的にカリフォルニア米を使用しているそうですが、日本の御米と遜色なく美味しく頂いてます。ボストン大学の学食で食べる御米は何故か長細いんですが、あれはどこの御米なんでしょうね、パサパサでこれはちょっと厳しいかな…?という味がする御米です。

 日本人のおばさんが経営しているだけあって住民は全員日本人です。数泊だけお世話になる人というのは本当にごく少数で殆どの人が長期滞在者のようです。大学や研究所が多い地域だけあって住んでいる人の多くは研究留学が目的の方々です。特に医師の方が多いです。およそ二十年前に卒業された慶應大学数理科学科の幾何学教室の出身の方もいらっしゃいました。今は少し?進路を変えて循環器内科の専門医をされているということです。

 大学で数学を学んだ人はその後、他分野に進出するケースが比較的多いような気がします。私の大学時代の同じ研究室にはパイロットになられた方、アニメ制作の方に進まれた方、音楽関係に進まれた方、TV局関係に進まれた方と実に多彩でした。大学で育まれた数学的思考力は分野を変えても通用するということでしょうか。まあそういうことにしておきましょう。

 そんな住居ですが、先日小さな騒ぎがありました。私が洗濯物を取りに地下に降りていく最中、建物中にサイレンが鳴り響きました。何のことかと家主のおばさんを探してみましたが、出かけているようで見当たりません。しかしサイレンは鳴り止まず、甲高い音が下から上へ突き抜けるように響いています。そうこうしていると一人の日本人の方が部屋から出てきました。
「どうしたんでしょうね?」
と私は問い掛けました。その方は表情に幾分か不安を漂わせながら
「火災報知機じゃないですか?」
と返事を返してきました。火事でも起きたらこの建物は木造家屋なので一瞬で火が燃え広がります。私はその人と一緒に地下から一通り点検をしていきました。しかし火の手もなければからし種ほどの煙も目につきません。二か所ある台所は誰も使用している気配はありませんし、ガスの匂いもしませんでした。
「問題ないですね、どうしましょう?この音消せないものですかね?」
二人して緊急用のスイッチ類がある場所に行ってみました。
「分かりますか?」
「いや、下手に触って余計おかしくなったら困るしね」
「あっ、あった、ありましたよ、この番号打ち込めば良いんですよ」
そう言うと、私は番号を慎重に機械に打ち込んでいきました。
「止まったかな?」
期待を込めて頬を緩めながら言った次の瞬間、一間隔を置いて再びけたたましいサイレンの音です。意気消沈とは正にこのことです。もうサイレンは放っておいて出かけようかと思いました。しかし一緒にいた方が
「もう一度試してみよう」
と言って再び丁寧に番号を打ち込んいき…、ようやくサイレンは止まりました。
いやぁ、良かった、良かったと安堵し、二人とも元の場所へ戻ろうとしたその時、今度は玄関のドアを激しく叩く音が聞こえてきました。ノックというレベルの音ではありません。誰かがドアを叩く度に木製のドアがミシッ、ミシッとひび割れる音がする程の凄まじい音です。私は今度は強盗かと思って、裸足で反対側のドアから脱出しようかと思いました。しかしよく聞いてみるとドアを叩く音だけではありません。人の声も聞こえてきます。
「ドアを開けろ、ドアを開けろ」
と誰かが怒鳴っています。もう一人の方が
「なんだ、なんだ」
と階下の玄関を開けにいきました。なんて勇気がある人なんだと思いつつ、その人がドアを開けて襲われでもしたら、裸足で反対側のドアから逃げ出そうと私はスススーと足を後ろに滑らせながらヨーイドンと逃げる準備です。
 
 その人がドアが開けるとそこには得体の知れない…が、いや、そこにはいたのは何人もの消防隊の方々でした。そうです。この住居は先ほどの様なサイレンが鳴り出してしばらく経つと、自動的に消防隊や警察の方に通報がされる警備システムになっていたのです。日本の様にまず民間の警備会社に通報が行き、それからしばらくして警備会社が異変を認識して初めて消防隊や警察などに通報がなされるシステムとは違うんですね。向こうはしっかりとした警備システムに加入しておけば、いきなり”本物”が駆けつけてくれるのです。

 それはそうと、本物が駆けつけてくれたので、これでこれで厄介なことになりました。
「警報装置はどうした、何で音が止まってるんだ」
消防隊のリーダーと思しき人が大声でがなりたてています。私達はその勢いに圧倒されてしばし沈黙していました。消防隊の人は警報装置を見ながら尚もがなりたて続けています。
「どうした、警報音はどうして止まってるのかと聞いてるじゃないか。この家には英語が話せるやつはいないのか」
私と一緒にいた人は医師ということだったので、私はその人が上手い具合に説明してくれるだろうと思い、彼の背後に上手い具合に隠れていました。その時の私の心の中には面倒なことになったぞと思う反面、面白いことになってきたぞという思いも半々くらいにありました。ところが
「わっ、私は英語は話せません」
とそのお医者様はおっしゃるではありませんか!私は思わず"What"と叫びそうになりました。しかしそういう訳で仕方なく私が前に出て説明することになりました。
「私達で警報は止めましたけど」
「なんで止めたんだ」
「家の中を点検して何も問題がなかったのでね」
「なんでそんなことをしたんだ。それは我々の仕事だ」
「すいませんでした」
それで消防隊の方がとにかく台所に案内しろということなので二か所の台所に案内しました。
「ねっ、問題ないでしょ」
「そのようだが…」
それから消防隊の方々はしばらく家の中や警報機などを点検して帰っていきました。
「いいか、今度こんなことがあったら絶対に自分たちで装置を止めたりするんじゃないぞ。我々が来るまで何もせずに待ってるんだ」
と注意して。とりあえず私は
「すいませんでした、どうもありがとう」
と言って彼らを見送りました。
 後から家主のおばさんに聞いた話ではこの家のセンサーが機敏で煙や火などばかりでなく、単なるホコリや風などでも反応してビービー鳴ってしまうんだそうです。
「最近は鳴ってないから安心していたんだけれど…」
とおばさんは何やら心配そうです。
「あんな音が昔はしょっちゅう鳴ってたのよ、しょっちゅう!」
「それは大変でしたね、でもアメリカはセキュリティが厳重なんですね、日本だとこんなに早く本物は来ませんよ」
「ああ、それはうちはこういう宿泊業を営んでいるでしょう、こういうことを始める為にはこういう警報装置がきちんと備わっているかとか公の厳重なチェックが入るのよ」
「そうなんですか。でも消防隊の人達が来た時、家のドアをガンガン物凄い音を出して叩いてましたけど、あれってもし開けなかったらドアを叩き壊して入ってくるんですか」
「もちろん、そういう契約になってるから。でもそうじゃないと留守の時に火事になったりした時に危ないでしょう」
ドア…開けて良かったと今更ながらに思いました(私は開けてないけど)。
それではまた。

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ボストン大学にて
by keio-itp | 2009-10-07 03:15 | 2009年ボストン大学・三宅

はじめまして。

今回慶應義塾大学ITPを利用して、オーストラリアのCSIROという研究機関に留学することになりました、修士1年の仲真弓と申します。専門は数理科学の中の統計に属するデータサイエンスで、現在「オーストラリア北部における、トロール漁による海底生物への影響」を研究対象としています。ここで現地報告をしていきますので、よろしくお願いします!

まず私の派遣先が大学ではないので、そこから説明します。CSIROとは、豪州連邦科学産業研究機構 (Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisation) という国の研究機関です。このCSIROでは様々な分野にわたって研究がおこなわれていますが、その中のMarine Research Laboratoriesで行っている「トロール漁による海底生物の影響の調査」について、私の所属している研究室が共同研究をしています。そのため、その調査によって得られたデータを解析した結果を持って実際に調査に携わった研究者たちと直接会って議論することで、より有益な研究結果が得られると考え、このプログラムを利用することにしました。
CSIROの共同研究者の方には今年の3月に慶應で行われたワークショップに来ていただいているので、全く知らない人のところに行くわけではありません。また宿泊先は、その共同研究を行っている方がホームスティ先を探してくださったので、その点についてはあまり心配する必要はありませんでした。



昨日無事Brisbane空港に到着し、週末だったこともあり、ホームスティ先の方がお家の近くをいろいろと案内してくれました。今日はKoala SanctuaryとBrisbaneの中心地につれていってもらいました!
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Sanctuaryというと鳥獣保護区と辞書には書いてありますが、コアラがメインで、他にもオーストラリアならではの動物がたくさんいました。
こんなに近くで写真もとれました!
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まだなかなか言いたいことを英語にできずもどかしい気持ちになっていますが、ホームスティという恵まれた環境を生かして英語の力をつけると同時に、研究の成果もしっかり出して、充実した留学にしたいと思います!
by keio-itp | 2009-10-04 22:05 | 2009年CSIRO・仲
どうも、ボストンの三宅です。ボストンに着いて早3週間、生活自体はボストンに慣れ親しんだと言えそうな気がしている今日この頃です。ただそうは言いましても日々勉強・研究に追い立てられているような状況でして「今日は観光でもしようかな?」なんて気楽に言える日はボストンに来てからというものただの一日もありません。ボストンに関して私が実地を歩いて得た地理的知識は未だ大学と下宿の周辺のみというかくも哀しい有様です。

そんな私ですが、先日大学の帰りに近所にあるボストン・レッドソックスの本拠地、フェンウェイパークを見に行ってみました。ここで日々日本でも中継してされている大リーグの熱戦が繰り広げられているわけか、と考えたら思わず感激の涙が!と別に流れませんでしたが、隣接している球団のグッズ店には選手が試合で実際に試用したバッドなどのレア(高額)商品からユニフォームやコップなどの比較的ポピュラーな商品まで球団に関係するありとあらゆるファングッズが陳列されていて、見ているだけでレッドソックスのファンになってしまいそうでした。日本へのお土産はここで買って帰ることになりそうです。

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さて、ここボストンでも日本と同様、初秋からインフルエンザがはやり始めているようで、道を歩いていても咳をしている人、明らかに鼻声を出している人など多くみられます。ただ人と人との距離が日本の都心部と比べて比較的離れているので、日本程、感染の心配をする必要はなさそうです。しかし米国に来てからというもの、マスクをしている人をひとっこ一人みかけないことには少々驚いています。感染の危険を気にしないのか、それともマスクの効用を信じていないのか、理由は定かではないものの、確かに皆さんマスクはしておりません。滞米期間が長期に渡る、とある日本人の方によると米国ではマスクというものは感染をしている人が他人にうつすことのないようにするものであって、そもそも予防目的で装着するものではないようです。成程、アメリカ人は他者への愛に溢れている訳ですね。と、そうは言いましても明らかに風邪をひいている人がマスクをせずに友人の顔目掛けて「ゴッホン、ゴッホン」激しい咳を繰り返している姿が度々見掛けられるのですが…、あれは何なのでしょうね。まあとにかく米国ではマスクをする習慣というのが甚だ希薄なので、私も日本から持ち込んだウイルスを99%以上防御せしめたるマスクが沢山あるのですが、どうやら一度も身につけることなく帰国することになりそうです。

先週からホストになって頂いている教授とのミーティングが始まりました。日本のゼミと同じ様に主に私が話をしていって時折先生の方から質問が出されてそれに答えていく…というスタイルなのだろうと思っていたので、文献の一行一行を参考書も使って丁寧に理解し、ノートに再構成し、内容を頭に染み込ませていくというのを一日20時間くらいかけて詳細に準備をし、「これで大丈夫だ、どこから質問されてもノープロブレム」というところまで準備をしていったのですが、ミーティングが始まって「どのあたりまで読んできましたか?」と聞いてきたので、私は「…ページまでです」と答えたところ、先生は開口一番「それでは少ないですね、もっとスピーディに読んでいかないと。研究者は膨大な量の文献をこなさないといけないので、そんなに細かい所まで読んではいられませんよ。大まかに内容を掴んだらもう次にいかないと。貴方の読み方は研究者の読み方ではなくて学生の読み方です。ポイント、ポイントを掴んでいくことに労力を使いましょう。本のどこをどこまで深く読むかということは、我々読者が決められるのですよ」そう言うとニッコリと微笑みました。

全くその通り。私の読み方では時間だけ浪費してしまい、今回の短期留学の期間内には何も掴めないまま、論文を中途半端な所で終えてしまうところでした。その後、来週までにとりあえず一章全部読んできてください。そして内容について来週また話し合いましょうと言われて先生の部屋を後にしました。それからの一週間は論文のどこがポイントでどこが後章にまで使われる道具かということに重点を置いて読むことにしました。地道な試験勉強を大学のゼミの準備に例えるならば、この研究者の文献の読み方というのは試験にヤマカンで臨むことに近いような気がします。しかしそうは言っても基礎は大事で基礎を疎かにして研究の段階に踏み込める筈もないので、やはり第一章と言われたら第一章の殆どを堅実に読解するしかなく、朝から晩まで論文をひたすら読み込み、ノートにまとめていくという地道な作業を繰り返すことになりました。

昨日あった二度目のミーティングでは先生から質問が出され、それを二人で考えていくというスタイルでした。主に例を二人で挙げながら一般論を咀嚼していく感じでしょうか。私は始終タジタジでしたが、自らの理解不足の箇所なども確認出来て非常に勉強になりました。このミーティングは帰国直前まで行われると思いますが、新しい結果とまではいかなくても、研究の新たな方向性などを見いだせていければと思います。

今週からMITのInfinite-Dimensional Algebra Seminarを聞きにいく予定でいます。電車でも行けるみたいですが、乗換とか結構大変らしく、それ程遠方でもないので歩いていくつもりです。既にMITには一度歩いて下見に行っています。グーグルマップで大まかな地理を頭に入れて行ったのですが、MITの中に入ってからはすぐに迷子になりました。所どころに地図などもあるのですが、全くもって所どころにしかないので、どこに何かあるのかさっぱり分からなくなります。広大な割に目印になるような施設も余りなく、大きな建物に遭遇し、「やっぱりMITってすごいなあ」なんて感心していると既にそこはMITの外だったりします。ミーティングの時に先生にMITでのことを話すと先生は笑いながら「僕もだよ、皆そう、MITの中は凄く分かりにくいからね、誰だって迷うよ、あそこは」と言いました。私はボストンに来てから自身の方向感覚に少なからぬ疑問を抱いていたのですが、それを聞いて少し安心しました。「ボストンはMITとかハーバードなど全米有数の研究施設が歩いていけるくらいの範囲に集中しているので、研究には最高の場所ですね」と私が先生に言うと、「うん、ボストンは狭い町だけどね、東京とか横浜みたいに大きな町じゃない。けどその中に多くの大学施設が集中しているからね、研究には申し分ないところだよ」「ええ、非常に良い所です。僕は凄くこの町が気に入りました」「そうかい!それは良かった」

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ボストンの町は落ち着いていて品がある町のように思います。ボストンの住民の方々もそれを自負していてそれを保ち高めることに感心があるようです。大学の付近にはまた他の大学や研究所があり、アカデミックな雰囲気に常に包まれていて、落ちついて勉強が出来る環境にあります。なにより目に入る人々の多くがアカデミズムに属し、学究に日夜勤しんでいるので、自分もやらなければという気持ちにさせてくれます。これは自分も遊ばなくて良いのかという気持ちにさせてくれる日本の都心とは大きく異なる点です。

ボストンの人々もまた町の雰囲気と調和が取れた米国人にしては落ちついた人が多いように見受けられます。そして何より親切な方々です。ボストン大学に初めて行った日、数学部門の校舎にはすんなりといけたんですが、帰る際に道を見失ってしまいました。同じ道を行ったり来たりしている内に日は傾き始め、次第に空は薄い橙色に染まり始めました。初めての土地で初めての道。私は小学校の入学式の時のような心細い気持になり、小学生の様に道の真ん中で地べたに座り込みエンエン泣きだそうかと思った程です。私はどことなく優しげなおばさんに思い切って道を尋ねてみました。「あ、あの、ダマ-通りへの道を教えて頂けないでしょうか」「えっ、ダマー通り?」私は「ええ」と頷きました。「困ったわ、知らないわね」おばさんはしばらく周りの道を見渡しながら「ちょっと待ってね」と携帯を取り出し、地図で調べだしました。初老のご婦人が最新式の携帯電話を使いこなす様は日本ではなかなか見られない姿です。私は「すみません、お忙しいだろうに本当にすみません」とただ恐縮するばかりです。「あらぁ、ちょっと分からないわね、この辺りなの?」「多分、そうだと…、ボストンは初めて来たばかりでなにぶん地理をまだ覚えてなくて…」「そうなの、それは大変ね、あっ、ちょっと」と言っておばさんは他のおばさんに話しかけました。「あなた、ダマー通りって知ってる?この人がそこに行きたいらしいんだけど、ちょっと私も分からなくて」「あ、私知ってるわよ、私の家の近くだから、そうだ、じゃあ私が連れていってあげるわ」と私は新たなご婦人に道案内をしてもらうことになりました。ろくに英語もしゃべれない怪しいアジア人の男を目的地まで連れていくなんて親切すぎる、日本では絶対ありえないと思いました。初めに話しかけたご婦人とは「貴方の親切に心から感謝します」と覚えたての英語例文を言って別れました。ダマー通りに行く道中は結構距離もあったので(遥か彼方まで迷ってきてた)色々と話をしました。「貴方、どうしてボストンに来たの、学生?」「ええ、日本の学生です。二か月間、研究にボストン大学の方に」「分野は何をしているの」「数学です」「数学?あらまたとんでもない分野をしているのね」「よく言われます」長々と話しをさせて頂いた後に目的地であるダマー通りに到着しました。おばさんは「ボストンを楽しんでね」と言って別の道に入っていきました。私は「貴方の親切に心から感謝します」とやっぱり覚えたての英語例文を言って家路に着きました。何かの折に先生にでも言おうと覚えたのですが、早くも役立って良かったと思いました。

それではまた。
by keio-itp | 2009-10-01 01:13 | 2009年ボストン大学・三宅